X線回折装置とJIS−1分析の組合せでアスベスト分析の精度が上がるのか?
- 3月13日
- 読了時間: 15分
更新日:3月16日
偏光顕微鏡を使用したJIS A 1481-1法による建材中アスベスト分析(JIS-1分析)では、分析者の手作業と実体顕微鏡・偏光顕微鏡観察によりアスベストの有無を判断します。分析技術の習得に時間を要することに加え、分析の対象となる建材の素材は様々で、種類によってはアスベストが入っていたとしても適切な前処理をしなければうまく見つけることができない場合もあります。したがって、JIS-1分析の質は実施する個人の技量に依存するところが大きいため、厳密に決まった手順があり原則として常に一定の結果が得られるような機器分析とはかなり異なった特徴を持っています。

アスベスト分析機関の中には、この個人の技量に依存するという面をカバーしようという意図なのか、JIS A 1481-2, 3で使用されているX線回折装置(XRD)を使用している機関もあるようです。確かに、XRDにかけてしまえば個人の技量にはあまり関係なく何かしらのピークが出て(あるいは出なくて)安心感があるというのは理解できます。
一方で、アスベスト分析の対象となる建材というものの性質を考えると、この技量とは一見無縁で客観的なデータが得られそうなXRDの結果の扱いには、実はかなりの注意が必要です。XRDの特徴と建材の特徴を十分理解していないままにXRDのデータを扱えば、間違った結論に至ってしまうことになるかもしれません。
ここからは、建材のアスベスト分析で実際にどういった間違いが起きやすいのかを具体的に見たうえで、その間違いを防ぐ目的においてXRDが対策として有効なのかを見ていきたいと思います。
JIS A 1481-1法によくある見落としの事例
その1. アスベストの形が認識できない
基本的なアスベストの特徴や光学特性を理解していても、実際の建材の分析ではプレパラートの中に存在しているアスベスト繊維を認識できない、ということがあります。このような見落としは、特に低濃度でサイズの小さいアスベスト繊維が含まれるような建材の場合に起きやすくなります。

具体的な建材名でいうと、ビニル床タイル、ロックウール吸音板、パテなどが該当します。これらの建材の場合、含まれているアスベスト繊維のサイズが小さいのに加え、繊維の形状も一見してアスベストらしく見えない場合が多く、特に分析を始めて間もない分析者の場合には見落としが発生しやすい傾向があります。例えば、ビニル床タイルに含まれているクリソタイルは多くの場合一見すると米粒のような形をしていて、慣れていないとそもそも繊維として認識することが困難です。
その2. 夾雑物で繊維が覆われて見えない
これも低濃度の建材でよく見られるもので、含まれているアスベスト繊維の量が少なく、かつ建材中の他の成分で繊維が覆い隠されていて見つけにくくなってしまうために起きる見落としです。

上で例に上げたビニル床タイルでも起きることがあります。ビニル床タイルは樹脂からできており、その樹脂を加熱して溶かすなどしなければ中に含まれるクリソタイル繊維を露出させることができません。このとき樹脂の溶解が十分にできていないと、溶け残った塊の中にクリソタイルが隠れたままになってしまい、不検出となってしまいます。またけい酸カルシウム板第1種の中にはかなり低濃度のクリソタイルが含まれるものがあるのですが、けい酸カルシウム板に含まれる粒子状の物質はクリソタイル繊維にまとわりつくことが多く、普通のやり方でプレパラートを作っても繊維が見えてこない場合があります。
その3. アスベスト含有の層を見落とす
アスベスト分析の対象建材の中には、ビニル床タイルと接着剤、モルタルと下地調整材と塗料などのように、異なる素材が層をなしているものがあります。このような層構造を持つ建材の場合、それぞれの層が占める割合は様々で、必ずしもすべて均等に存在しているわけではありません。ある層が90%を占めている一方、ある層は全体の1%に満たないということもあります。

試料の大半を占めている部分を見落とすということはまずありませんが、ごく少量しかない層については時に見落としが起きます。アスベスト含有の層で見落としが起きやすいのは仕上げ塗材の下地調整材や塗料の下のパテなどです。こうした層は実体顕微鏡で見ていても確かに存在がわかりにくいうえ、そこに含まれるアスベストも多くの場合決して高濃度ではありません。したがって、すべての層をまとめて灰化・酸処理したとしても処理済みの残渣からアスベスト繊維を検出するのが困難になりがちです。
その4. まばらに入っている大きな繊維を見落とす
この見落としはある程度分析に慣れてきた時に起こりがちと言っていいかもしれません。アスベスト分析ではまず肉眼・実体顕微鏡で試料の全体を観察することが重要です。それは、(その2)でも触れたように、複数の層からなっている試料でアスベスト含有の層を見落とすということが起きないように、全体がどのように成り立っているのかを知る必要があるからです。しかしある程度慣れてくると、試料によってはさっとひと目見て層を成してはいないと分かる様になってきます。そうした場合に、実体顕微鏡での詳細な観察をせず、試料の一部をピンセットで摘んで偏光顕微鏡用のプレパラートを作製する、というようなことをしてしまうことが実は危険なのです。

例えば配管保温材などには、肉眼で確認できるようなサイズの繊維が、かなりまばらに含まれている場合があります。大きなサイズのものがまばらに入っているということは、無作為に摘みとったときの当たりハズレが大きくなります。アスベスト繊維をたまたま摘めばプレパラートに載っているのはほぼアスベスト繊維ということになりますが、たまたまない箇所を摘んでしまえばアスベスト繊維が全く見つからないということになります。
実体顕微鏡で詳細な観察をしていれば、この種の建材からアスベスト繊維を見つけるのは簡単です。アスベストに特有の形態も観察できます。しかし、最初の段階で実体顕微鏡観察を怠ると、偏光顕微鏡で見るためのプレパラートに見るべき繊維を載せられない、ということが起きることがあるのです。
その5. 入っていないと思い込んで見落とす
この見落としも、ある程度分析に慣れてきた時に起きやすいと言えます。アスベスト繊維はすべての素材の中に同等の確率で含有されているわけではありません。アスベストの含有が非常によく見られるものもあれば、時々含まれているもの、めったに含まれていないものなど、含有の可能性には濃淡があります。


アスベスト含有の可能性が高い素材に対して特に注意を払って分析をするというのはある意味当然ですが、より注意が必要なのはむしろ稀にアスベストが含有されている建材かもしれません。人間の先入観というのは恐ろしいもので、実体顕微鏡でもよく見れば見えていて、プレパラート上にもしっかりアスベスト繊維が載っているにも関わらず、「基本的にこの素材には入っていない」という思い込みによりそれを見落としてしまうことがあります。
せっこうボードの紙というのはその例になるかもしれません。せっこうボードの紙の部分にクリソタイルが入っていることは時々あり、かなり高濃度にはいっていることもあれば数%程度というようなかなり低い濃度で含まれる場合もあります。しかし、含有しているせっこうボードに当たる頻度はそれほど高くありません。「きっと今回も入っていないだろう」と思い込んでいるとクリソタイルを見落とすということが起きてしまいます。
XRDは見落としを防ぐうえで有効なのか?
さて、JIS A 1481-1によるアスベスト分析をしている一部の分析機関でも利用されている事があるXRDは、ここまで述べてきたよくある見落としを防ぐうえで本当に有効な手段になりうるのでしょうか。先に結論から言ってしまえば、場合によってはXRDを使用することがむしろリスクとなる場合もある、ということになるかと思います。
まず、XRDが有効であると期待しているのはどういう場合かというと、非典型的な見た目のアスベスト繊維を認識できていない場合や大きな繊維がまばらに入っている場合、入っていないと思い込んで見落としている場合ということになります。これらの例はアスベストの含有量は十分なのに分析者の熟練が足りなかったり思い込みや確認不足で見落とすという例なので、分析者の技量によらずピークが出てくれば、その見落としを防ぐことは可能になると考えることは自然なことだと思います。
一方、X線は物体によって吸収されてしまう性質があるため、アスベストが低濃度であるとピーク自体が極めて小さくなり他の夾雑物の持つピークに埋もれやすくなります。また、層を成している建材の場合、層別に分析をすることが原則なので層別分析ができないXRDの使用にはそもそも大きな問題があります。
XRDは安心「感」だけを与える
XRDの使用は確かに建材と夾雑物の種類やアスベスト繊維の濃度によっては見落としを防ぐことに役立つかもしれません。しかし、XRDは0.1%を超えてアスベスト繊維が含まれていれば必ずピークが認識できるほど高感度であるわけではなく、ピークが見えなくてもアスベストが入っている可能性が消えません。したがって、分析対象によっては却って本来見つけられたはずのアスベストを見落とすような偏りをもたらす可能性があります。つまり、XRDを使うことは「精度」を高めるのではなく、分析精度の裏打ちのない人間の安心「感」を高めるため以外の何物でもありません。
また、XRDを有効に使える場合も、試料の前処理や適切なピークの読み方などの適切なトレーニングの実施や複数の分析者によるチェックなどの対策で得られるものであり、大きな労力をかけて前処理をするだけの価値があるかどうかには大いに疑問が残ります。
EFAラボラトリーズにはXRDがないため、アスベスト分析にXRDを使用したことはないのですが、JIS A 1481-1の分析を行っている分析機関でかつてはXRDを中心に分析を行っていたという分析機関は珍しくありません。そうした分析機関でXRDを使い慣れているアナリストと話す機会はよくあります。そういった分析者から共通して聞くのは次のような内容です。「JIS A 1481-1の分析を開始した直後はXRDのピークという手がかりなしにアスベストの有無を判定することはとても重圧がかかり不安があった。ただ慣れてくるにしたがって、必要に応じて前処理を行い、実体顕微鏡と偏光顕微鏡で適切な観察を行えば十分正確な分析ができるとわかってきて、わざわざ確認のためにXRDを使用するのは煩わしいと感じるようになった。」実際十分な経験を積んだ分析機関ではJIS A 1481-1の分析にXRDを組み合わせることはしないことが大半です。
熟練した分析者は、XRDのピークが信用できるものではないと体験から学び、そして僅かな割合を占める層にアスベストが入っている場合にもピークが出ず、間違ってアスベストが含まれないとしてしまう危険が大きいということを理解しているわけです。
XRDに頼らずに見落としを防ぐ方法
分析は人間がやっていることですから、ある程度のミスが起きてしまう可能性はどうしてもあります。では、それを可能な限り防ぐためには何をするべきでしょうか。それは、アナリストの技量不足や思い込みを排除するために体系的で十分なトレーニングを受けることと、それでも発生しうるヒューマンエラーに対応するために分析ラボとして精度管理の仕組みを持ち、毎日欠かさずに運用することです。
十分なトレーニング
第一に挙げられるのは十分なトレーニングと経験を積む、ということです。一定の技能を習得するために、一定量をこなし質の良いフィードバックを欠かすことはできません。これは特に、分析技能未熟者に起こりがちなアスベストを認識できないという見落としを防ぐ際には重要です。
(その1)で例に上げたビニル床タイル中のクリソタイルの場合、高倍率の対物レンズで形状を詳しく観察すると、一見すると米粒のような塊が実は極めて細い繊維が集まってできた繊維束であることが見えてきます。分析に熟練してくると、例えばビニル床タイルに入っているクリソタイルは「このように見える」ものだということを理解したうえで探すことができるので、見落としが起きにくくなってきます。
アスベスト分析を始めたばかりの時点では、まず典型的なアスベスト様形態の繊維の見え方を覚えるわけですが、多様なアスベスト含有建材に触れて様々な状態のアスベスト繊維が現実の建材にはあるということを理解することで非典型的なアスベスト繊維も確実に検出できるようになります。
建材についての知識
建材の製造方法や現場での施工についての知識も見落としを防ぐのに役立ちます。ある程度の知識があれば、一般的な施工から考えてある層とある層の間にアスベスト含有の可能性が高い層があるかもしれないと気づくことができます。見た目ではそこに別の層があるかわからない場合でも、施工手順上ある「かもしれない」ので該当の場所から別にプレパラートを作製して確認してみるという対処で、層ごと見落とすことを減らすことが可能です。
適切な前処理
建材の種類に応じた前処理を選択し行うということも、アスベストをより見つけやすくするために有効です。例えば、けい酸カルシウム板第1種は酸処理をすると夾雑物の大半が溶けてしまいますから、酸処理でアスベストの見落としの懸念を減らすことができます。また、セルロースが多い建材であれば灰化することでアスベストの視認性を高めることもできます。
EFAラボラトリーズでは、世界でも類を見ない全22ステージの体系的な社内トレーニングシステムを有しています。建材の知識や基礎的な化学の知識とその応用から始め、よく見られる建材10種類を、それぞれのカテゴリーにつきトレーニング中に十分な検体数 (数十検体) を分析することで各カテゴリーの建材の特徴、適切な前処理、注意するべき点、そして入っているアスベストの特徴などを時間をかけてじっくりと習得しています。
複数の分析者によるチェック
まばらに入っている大きな繊維を見落としたり、入っていないと思い込んで見落とすというのは典型的なヒューマンエラーと言えます。これはスキルが不十分というよりは思い込みで見えるはずのものが見えなくなってしまっているという面があります。もちろん、様々な経験を積むことでそのようなエラーが起こり得ると知ることもこの種の間違いを防ぐために大切なのですが、日々の分析の中でこの種の分析エラーが結果に影響してしまうのを防ぐためには複数の熟練した分析者の目で確認するということが有効です。
また、分析者が時間的なプレッシャーに晒されすぎないということも重要になります。疲れていたり、厳しい時間的なプレッシャーがある状態では十分に集中することが難しくなり、エラーを起こしやすい状況になります。分析機関としてはそのような状況を極力避けられるような体制を築くということが求められると思います。
XRDを使用することでカバーしようという考え方もありますが、XRDは1%を切る低濃度の試料に対しては十分な感度がない場合があります。十分な感度がないXRDで確認をしたばかりに見つけられたはずのアスベストを見落としてしまうという危険を考えると、XRDをこれらのヒューマンエラーのカバーをするために使用することは合理的とは言えません。
さいごに
XRDと偏光顕微鏡を組み合わせることでより正確な分析ができたり、あたかも確度と精度が向上するかのような主張を見聞きする機会は多いと思います。しかし、上で見てきたように0.1%を確実に検出できるわけではないXRDは偏光顕微鏡を補うために使用するには不適格と言わざるを得ません。正確な分析のために本質的なのは、分析者への十分なトレーニング、複数の分析者によるチェックの実行、分析者が過度なプレッシャーにさらされない体制の確保など、精度管理を適切に運用することです。
XRDを使用することで正確性を向上させられるかのように主張するのは、本心で言っているのであれば分析法や精度管理に関する理解が不足していますし、正確性の向上に資するわけではないとわかって言っているとすれば極めて不誠実な態度と言わざるを得ません。
ここに書いた内容がみなさまがこれから分析機関を選ぶ際の参考になれば幸いです。
ご相談やご依頼などございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。
TEL:03-3263-6055
筆者紹介
小沢絢子
株式会社EFAラボラトリーズ ラボマネージャー兼 QAマネージャー
2004年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻 博士課程修了。2006年より偏光顕微鏡による建材アスベスト分析に携わる。
偏光顕微鏡分析がJIS A 1481−1に組み込まれた2014年より日本環境測定分析協会(JEMCA) アスベスト教育研修インストラクターとして延べ600人超の分析者に偏光顕微鏡分析を指導。



