「位相差/偏光顕微鏡法」は、大気中のアスベスト濃度分析の一つの方法です。2014年に環境省から発行されたアスベストモニタリングマニュアル(第4.0版)で、解体現場等で迅速な測定が求められることからアスベストの同定と計数が現場で出来る方法として初めて紹介され、2017年に改訂されたアスベストモニタリングマニュアル(第4.1版)で発生源近傍及び集じん・排気装置排出口等における漏えい監視・管理のための迅速測定方法として、そして現場分析(オンサイト分析)が可能な分析として紹介されています。
全ての分析方法に、得意・不得意があるように、この方法にも得意・不得意があり、その理由と特徴をよく理解すれば、とても使い勝手位のいい迅速な分析方法です。まだ、広くしられてなく、ご質問も多くいただきますので、当社のブログでご紹介したいと思います。
一般的に行われるアスベスト大気測定となにが違うの?
一般的にアスベスト大気測定というと、位相差顕微鏡法による総繊維濃度測定のことを指します。この方法は、位相差顕微鏡とよばれる顕微鏡ですべての測定対象の繊維(繊維の径やアスペクト比が規定内のもの)を計数する方法です。ですので、位相差顕微鏡法の分析結果で報告される数値(濃度)のうち、どの程度がアスベストかわかりません。
位相差/偏光顕微鏡法は、総繊維粉じん中の非アスベスト繊維を判別し除外することができます。
位相差/偏光顕微鏡法は、位相差顕微鏡に偏光顕微鏡の特長を掛け合わせて作製された顕微鏡(図1)で分析します。顕微鏡に位相差用と偏光用の対物レンズを装着することで、レンズの切り替えだけで視野を変えることなく位相差観察と偏光観察を同時に行います。
(出典:環境省「アスベストモニタリングマニュアル(第4.1版)」に加筆)
偏光顕微鏡をベースにした位相差/偏光顕微鏡の概略図
そのため、位相差観察で繊維を見つけて、その視野のまま偏光レンズに切り替えて、繊維形状と光学特性(複屈折、多色性、消光と消光角、伸長性の正負)から、その繊維が非アスベストかアスベスト可能繊維(アスベスト繊維+微細ではっきり同定できずアスベストかもしれない繊維)を迅速に判別できます。
実際の位相差/偏光顕微鏡法の使われ方とタイムロス
アスベストモニタリングマニュアル(4.1版)では、位相差/偏光顕微鏡法は、位相差顕微鏡分析の代わりに実施されることが示されていますが、位相差/偏光顕微鏡分析法は、総繊維濃度だけ計測する位相差顕微鏡法に比べて少し工数がかかることから、実際の現場では以下のように始めに位相差顕微鏡法で分析し、1本/Lの濃度を超えた場合に位相差/偏光顕微鏡法を実施するとう2段階で運用されているケースが見られます。
しかし、この方法では、位相差/偏光顕微鏡法の長所である「迅速さ」が失われてしまいます。位相差/偏光顕微鏡法で使用する顕微鏡は、位相差/偏光顕微鏡モードによるアスベスト可能繊維の計数と、位相差モードで総繊維濃度の計数の両方ができます。
そのため、迅速に結果を出していくためには、始めから位相差/偏光顕微鏡法で分析をする前提で取決めを行い、どういった時に位相差モードのみの総繊維濃度だけの測定に切り替えるかを事前協議の上決定しておけば、無駄な費用と時間を抑えることができます。
位相差/偏光顕微鏡法の長所を活かした迅速な結果報告
分析の流れの②で示した通り、繊維数の計数を開始する前にフィルター上に捕捉されている粉じんと繊維の分布が適正か、確認するためにスライド全体を、ざっと確認します。この時に、フィルター上の状態や補足粒子に偏りがないかを確認します。この時に、パッと見て繊維数が多いようであれば、早い段階から位相差/偏光顕微鏡法に切り替えて分析をおこない、反対にフィルター上の繊維が少なく感覚的に1本/Lの濃度に及ばないようであれば、一番簡便で迅速な位相差顕微鏡法で分析を行うというような工夫をすることも可能です。運用の方法を工夫することで、総繊維数が1本超/Lの結果がでてから、アスベスト同定のために再分析するという時間の大幅なロスを避けることができます。
ちなみに、偏光顕微鏡は、物質の光学的性質を観測に優れた顕微鏡で、鉱物学の分野では鉱物の識別と同定のために広く使用されています。また、アスベストが鉱物であることから、アスベスト建材分析の世界的にスタンダードな分析に使用されており、日本においてもJIS A1481-1において、偏光顕微鏡による分析がアスベスト同定の方法として定められています。
位相差/偏光顕微鏡法の分析の流れ
以下に位相差/偏光顕微鏡法の分析は以下のような流れになります。
① 現場で規定の大気量が補足されたフィルターを分析用にスライドにマウントする。 ↓ ② 位相差/偏光顕微鏡の位相差レンズで、分析試料全体を観察し、繊維の分布などを確認する。 ↓ ③ 位相差レンズで計数対象となる繊維を確認する。 (計数対象の繊維:(1)長さ:≧5μm、(2)径:<3μm、 (3)アスペクト比:≧3) ↓ ④ 同じ視野で偏光対物レンズに切り替えて、確認された繊維を観察する。 ↓ ⑤ 繊維形状と光学特性から、非アスベスト繊維とアスベスト可能繊維(微細なアスベストの可能性の有る繊維とアスベスト繊維の合計)に判別する。
アスベスト同定の繊維形状と光学特性
本測定法には偏光顕微鏡による分析のための基礎知識(複屈折、多色性、消光と消光角、伸長性の正負)とアスベスト繊維の形状の理解が必要となります。以下の表に、それぞれのアスベストの種類における特徴をまとめました。
位相差/偏光顕微鏡分析の制限
大気中に浮遊しているアスベストは、建材に含有しているものと比べると極めて細くなっている場合があります。また、建材分析では決まった屈折率の浸液に浸して観察するのに対し、大気分析では透明化したフィルター上の繊維を観察します。そのため、光学特性により非アスベスト繊維かアスベスト可能繊維かを判別する位相差/偏光顕微鏡法には、理解しておくべき分析法の制限があります。
制限① 細すぎる繊維は光学特性を示さない
偏光顕微鏡で観察できる繊維径の限界は 1μm程度と言われています。光量などを調整することでもう少し細い繊維も確認ができますが、それでもやはり、繊維の細さによって光学特性がみえなくなってしまいます。そのような微細繊維は、非アスベストと判別がはっきりできないためアスベストの可能性のある繊維とされ、アスベスト可能繊維に含んで報告されます。
制限② 同定できる石綿種と同定できない石綿種がある
大気分析では、繊維が細いことに加えて、フィルターを透明化してスライドにマウントしてしまうため、建材の偏光顕微鏡分析で確認するすべての光学特性を確認することができないため、アスベスト6種をすべて別々に同定することができません。
具体的に言うと、建材分析では特定の屈折率を持つ浸液を使用して分散色を観察することにより屈折率を測定してアスベストの種類を同定することができるのですが、透明化したフィルターでは分散色を観察することができません。そのため、同じ鉱物のファミリーで屈折率以外の光学特性がよく似ているアモサイト、トレモライト・アスベスト、アクチノライト・アスベスト、アンソフィライト・アスベストの角閃石族4種は、見分けるのが困難です。
ただ、トレモライト・アスベストとアクチノライト・アスベストには、斜消光の特性を示すものがあり、角閃石族からトレモライト・アスベストまたは、アクチノライト・アスベストと絞れることもあります。
位相差/偏光顕微鏡分析で見分けやすい相性のいい建材(グラスウール、吹付けロックウール、岩綿吸音板、せっこうボード)
このような特徴をもった位相差/偏光顕微鏡分析法において、建材から発生する非アスベスト繊維とアスベスト繊維を判別するのに、特に威力を発揮するのが、グラスウール繊維、吹付けロックウールや岩綿吸音板などに含まれているロックウール繊維、そしてせっこうボードの繊維せっこうとの見分けです。これらの繊維が含まれている建材は、もろいものが多く除去工事等で繊維が飛散しやすいものが多いため、総繊維数も高くなる傾向があります。
しかし、これらの繊維は、位相差/偏光顕微鏡法で確認できる特徴によって、判別ができるため、精度よく非アスベスト繊維と区別することができます。
位相差/偏光顕微鏡分析で見分けにくい相性の悪い建材(湿式吹付け材と一部のけい酸カルシウム板)
反対に、位相差/偏光顕微鏡分析と相性がわるい建材もあります。それは、確認できる光学特性に制限がある位相差/偏光顕微鏡法において、建材に用いられるアスベスト代替繊維で特に見分けることが困難な非アスベスト繊維が、セピオライトとウォラストナイトです。
セピオライトは、クリソタイルに非常によく似た繊維で、偏光顕微鏡では分散染色で見分けますが、位相差/偏光顕微鏡法では、分散色は確認できないため、クリソタイルと見分けることができません。このセピオライトは、特に湿式吹付け材に添加されているケースが多く、まわりに湿式吹付け材がある環境で大気測定をすると、意図せず補足した非アスベスト繊維のセピオライトをアスベスト可能繊維として計数してしまうことがあります。
ウォラストナイトは、形状の特徴が短冊状ですこし異なるのですが、微細な繊維においては形状での差がわかりにくく、位相差/偏光顕微鏡法で見分けるのが困難となります。このウォラストナイトはけい酸カルシウム板やせっこうボードの紙に使用されているケースがあります。ウォラストナイトが入っている建材には、アスベストが入っているケースはほとんどありません。もし、アスベスト工事エリアの付近で、ウォラストナイト入りのけい酸カルシウム板の撤去工事などを並行して行っていると、捕集した非アスベスト繊維のウォラストナイトをアスベスト可能繊維として計数してしまうことがあります。
位相差/偏光顕微鏡で見分けられない繊維はどうするか?
EFAラボラトリーズで大気測定業務を行う場合は、周りの建材の使用状況や工事状況をヒアリングして、位相差/偏光顕微鏡に向いていない現場には、走査電子顕微鏡(SEM)法でEDXにより組成分析によるアスベスト繊維の同定をおススメしています。EFAラボラトリーズのSEMサービスは、標準で5日納期、特急サービスで翌日納期で対応しているため、SEMだから結果が遅いということはなく、急ぎの位相差/偏光顕微鏡分析の代替分析としても対応が可能です。
位相差/偏光顕微鏡法のまとめ
位相差/偏光顕微鏡法は、非アスベスト繊維を切り分けるための分析方法です。そのため、計数結果は、アスベストと同定された繊維と微細すぎて光学特性が確認できずアスベストの可能性の有る繊維をあわせたアスベスト可能繊維濃度が報告されます。
位相差/偏光顕微鏡法が得意な工事は、グラスウール、ロックウールや繊維せっこうを含む建材(吹付けロックウール、岩綿吸音板、せっこうボードなど)の工事です。非アスベスト繊維とアスベスト可能繊維濃度を精度よく判別することができます。
位相差/偏光顕微鏡法と相性が悪い工事は、セピオライトやウォラストナイトを含む建材(湿式吹付け材やけい酸カルシウム板など)の工事です。これらの繊維がフィルターに一緒に捕捉されてしまうと、非アスベスト繊維の見分けが困難なため、アスベスト可能繊維濃度が高く報告される可能性がある。
つまり、測定する環境にどんな建材があるか?どんな工事をしているか?を把握し、位相差/偏光顕微鏡に向いていない限定的な状況を避ければ、迅速なうえ使い勝手がいい分析方法ですので、ぜひ特徴を理解してご活用ください!